末法思想

友人に

「今の子供たちは未来というのは、自然が破壊され人類が滅亡しているといったイメージが強く刷り込まれてしまっているようだ
 ふと、末法思想ってこんなイメージに近かったのじゃないだろうかと思った」

といったことを言われたので

 

最初に思ったのは

ギリシャ神話か何かで、歴史は
金の時代→銀の時代→青銅の時代
と進んで、人の歴史が始まったのは青銅の時代

というのと

中国の理想が堯、瞬の時代

というものです。


「世の中と言うのはどんどん悪くなるものだ」
というのは、ある種普遍的な感覚なのかな?と。

 

次に思ったのは
「デフレの根本原因は少子化である」
という説。

家族の中で、子供世代が親世代より人口減になって行くと、無意識のうちに、社会の衰退を感じてしまうのかな?

ということです。

 

資料を読むと末法思想というのは、モラル崩壊に近いものに思える。
現代的なイメージで言うと「北斗の拳」的な未来像が近いかも。
バイオレンスジャックでも良いけど。

伝聞を重ねるにつれ、情報が劣化していくことへの不安という側面もあるかな
仏法の正しい意味が伝わらなくなり、無法者が増えていくよ、的な。

 

ついでに


浄土教と言うのは、それ自身がオリジナル仏教とかけ離れたもので、ある種末法的な存在だと思います。

末法の世では悟りに至れない

死後、浄土に生まれかわろう。

浄土であれば、いつか悟りに至り、成仏できる

というロジックで、現世は浄土に生まれかわることを目的に生きていく教義ですから。
現世が末法であることを前提にしていると思われます。

クリーンエネルギーとかを浄土教的と捉える見方もあるみたいですけど
私には浄土教より、クエーカー教徒とかものみの塔との親和性を感じます。
近代以降発見されたり発明されたものに否定的なあたり

閑話休題

未来のイメージなんてものは
地域社会に子供が多くなれば明るく、
少ないと暗くなって行くくらいのもの
のような気がします。

どうでしょうか?